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「超計算」 答えは一瞬

2020.02.07
「超計算」 答えは一瞬
Gerd AltmannによるPixabayからの画像 

  ≪2
/5日本経済新聞より≫ 

時は金なり

なたが職場や家庭、日常生活や人生で「すんなりといかない」と感じたら、たいてい同じ問題が横たわっている。選択肢やその組み合わせがあまりに多く、どれを選べばいいのか答えが見つからない難題だ。科学技術が進歩した現代でも、どうやっても解けない問題が社会には数多く潜んでいる。そこに一筋の光が差し込んだ。人類がいまだ経験したことのない強大な計算能力をもつ「量子コンピューター」の誕生だ。最新の研究では、最先端のスーパーコンピューターで1万年かかる乱数の問題をわずか3分20秒で解いたと宣言した。人類は異次元の世界に一歩踏み出した。

■スパコンで1万年かかる問題、3分余で

渋滞が深刻なタイのバンコク。デンソーや豊田通商は渋滞予測サービスに役立てようと、約13万台の車にセンサーをつけて速度や位置、方向などのデータを日々集めている。データの一部を使い、タクシーを手際よく配車できないか考えた。「バラバラに走る9台のタクシーで9カ所に散らばる人々を迎えに行く総距離が最小になる組み合わせは……」。その数は約36万通り。現在のコンピューターでは、全てをすぐには計算できない。だが、一部の量子コンピューターでは 1千分の1秒程で計算を終えた。膨大な選択肢に埋もれていた最良の答えをあぶり出した。

どれだけの車がどこへ向かうのか。こんなありふれた問題で、人類は大きな損失を被っている。日本では車の移動時間の4割で渋滞に巻き込まれる。時間を浪費したあげく、年間約280万人分の労働力を失うとされる。経済損失は10兆円規模に達するとみられる。ガソリンや電気なども無駄遣いしている。排出ガスは、地球温暖化の原因になる。

渋滞の解消は車ごとに最適なルートの選択を迫る。同じ迂回路を選ぶと再び渋滞になってしまう。「部分最適」ではなく「全体最適」が必要だ。このような問題を解決するのは簡単ではない。数百から数千台の車で幾つもの分かれ道を考え、1台ずつ別々のルートを計算するすべは今はない。

歴史を振り返ると、人類は手に負えない問題を計算能力を磨き上げて乗り越えてきた。人類が初めて計算に道具を使ったのは紀元前2500年頃。線を引いたくぼみに石を置いて数を数えていたとされる。諸説あるが、後のそろばんだ。商人が物品の売り買いにそろばんを重宝し、商いが当たり前の時代を開いた。次に発明された計算尺では航海中に距離や方角を探り、貿易が栄えた。歯車式の計算機が登場し、進化の末に初期の大型コンピューター「ENIAC」に結実した。今では手のひら大のスマートフォンが、当時のスパコン並みの性能を持つ。東京理科大学のなるほど科学体験館で学芸員を務める大石和江さんは「人類が何かを計算したいと思い続けてきたからこそ、計算機はここまで発展してきた」と話す。


そこに現れたのが、今までのコンピューターとは全く違う原理で動く量子コンピューターだ。2011年、カナダのスタートアップ企業のDウエーブ・システムズが世界で初めて商用化した。16年には米IBMがクラウド経由で利用サービスを開始。19年10月末には米グーグルがスパコンの性能を上回る計算能力「量子超越」を証明したと発表した。最先端のスパコンで1万年かかる乱数の問題を3分20秒で解けたという。

■薬や素材開発「新発見」当たり前に

計算能力が足りないだけで諦めていた問題は、社会にたくさん眠っている。強大な計算能力は単なる計算機の進歩ではなく、社会にディスラプション(創造的破壊)をもたらす。

量子コンピューターを研究する東北大学の大関真之准教授は「どうにかしなければという時代に、量子コンピューターが現れた。いろんな産業でアップデートが起こる」と話す。万能の量子コンピューターをつくるのは並大抵ではないと専門家は口をそろえるが、10年もすれば、限られた問題でもっともらしい答えを出せるようになる。

グーグルのスンダー・ピチャイ最高経営責任者(CEO)は量子超越の発表時に「気候変動から病気まで世界で差し迫った問題の解決を加速できると信じている」とコメントした。

材料や新薬の開発は「新発見」が当たり前になるとの期待は高い。基礎研究で目をつけた物質が新薬になる確率は2万〜3万分の1。病気の治療で後手に回る。あらゆる物質の作用を量子コンピューターで洗い出せば、特効薬にたどり着く確率は上がる。一人ひとりの遺伝情報に照らし、自分に合うオーダーメードの医薬品も現実味を帯びてくる。

IBMなどと材料開発への応用を探る三菱ケミカルの竹内久雄上席主幹研究員は、材料の性質を決める分子や電子などの動きを手に取るように追えると期待を寄せる。「化学者たちは量子コンピューターの仮想空間で、望みの化学反応を試せる『フラスコ』の実現を夢見ている」。地球を守るうえで、1回の充電で今の2倍となる1000キロメートルを走る電気自動車用の全固体電池や、温暖化を招く二酸化炭素(CO2)を空気から分離する素材などを待望する声もある。

工場でも「作業の効率化によるコストダウンが重要だが計算力不足が壁だった」と語るのはOKIの玉井秀明チームマネージャーだ。製造装置の配置を商用の量子コンピューターで計算し、作業員の移動距離を約3割減らすめどをつけた。

人類はこれまでとは比べものにならない計算能力を手に入れる。そうなれば、気づかなかった過ちも正せる。地震や水害の避難行動では、理性的なはずの人々が、時に非合理的な振る舞いをみせる。何の気なしにみんなの後に続き、多数ある出口の1カ所に押し寄せる。大丈夫と思い込むバイアスも命を脅かす。人類は進化の過程で、場当たり的な判断が身を助けてきたのだろうか。量子コンピューターがスマホを通じて人々の行動を指南するようになれば、社会や産業ばかりか、文化や文明すら変えうる。



量子コンピューターは、物質を形づくる原子や電子の極微な世界をつかさどる自然法則「量子力学」を生かす。量子力学の世界では、不思議な現象が起こる。従来のコンピューターは、情報を「0」か「1」で表す。「000」「001」というようにだ。情報量が増えると、計算回数がねずみ算式に膨れ上がる。量子コンピューターは、0と1のどちらでもある「重ね合わせ」の状態を1つの単位とみなす。情報が数十億通りあったとしても、ひとまとめに計算できる。人類は誕生以来初めて、量子力学という自然法則を強力な計算能力につなげるすべを手中に収めた。

量子コンピューターの実現は、人類が直面する問題の答えを見つける切り札になるかもしれない。だが、「できない」ことが「できる」ことは歓迎すべきだが、「できないはず」のことが「できてしまう」という裏の顔も併せ持つ。強力な計算能力は、現在の通信を支えている暗号をいずれ解読し、社会のあり方を根底から揺るがすだろう。暗号は、スパコンで解けないほど難解だという理由で安全が担保されてきたからだ。コンピューターの発展は、敵国の暗号解読やミサイルの弾道計算など戦争の歴史と表裏一体でもある。

コンピューターがすべてを導いてくれる世界では、あれこれと考えなくて済む。誰かが決めてくれる心地よさの下、バラ色の人生を送るのだろうか。計り知れない計算力をどう生かすか。そう考え続けることだけは忘れないようにしたい。

研究投資 中国は1兆円規模

量子コンピュータを初めとする量子技術は世界各国が研究に取り組んでいる。米国は2018年に「量子情報科学の国家戦略概要」を発表した。19年から5年間で最大13億ドル(約1400億円)を投資し研究拠点や人材育成を進める。グーグルやIBM,マイクロソフト、インテルなどが幅広い計算に使える「ゲート型」と呼ぶ量子コンピュータの実現を目指す。中国でも20年までの5ヵ年計画で量子コンピュータを重大プロジェクトの一つに位置づける。1兆円規模の資金を投じた量子技術の研究拠点が、20年にも完成する予定だ。アリババ集団などの民間企業も研究を急ぐ。

日本は量子技術に対して、19年度補正予算案と20年度予算案に合計約340億円を計上した。1月には「量子技術イノベーション戦略」として、今後10〜20年の研究開発の行程表を定めた。NECは国の支援を受けつつ、産業技術総合研究所などと連携して量子コンピュータの開発に挑む。膨大な選択肢から最適な答えを導くのにふさわしい「アニーリング型」の開発を狙う。カナダのスタートアップ企業、Dウエーブ・システムズが商用化しており、実用化が近い。NECは過去に量子コンピュータの阻止となる「量子ビット」の動作を世界で初めて実証した。他機関の技術と融合し、23年の実用化を目指す。今後、部品の製造では日本の強みを生かせる。優れたアルゴリズムの開発でも存在感を高める機会はある。

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